怪談界の大ベテラン。
なのに、何故かごく普通、ありきたりの怪談もしれっと載せていたりする。
その一方でそれなりに興味を惹かれる話もあったりするところが流石、というところか。
それでも、強烈な印象を残すようなものは無かった。
「吊ってはる」死んだ当人がそれを知らせに現れる、という話は初めてではない。
ただ、このように街中で大声で自分の死を触れ回り、多数の人がそれを目撃する、という事例は無かったように思う。
それによってその原因ともなった姑も生き辛い人生を送ったようだし、この無茶な行動、それだけの効果はしっかりと上げられた、ということではないだろうか。
「デスクトップの絵」何だか良く判らない話だし、全く怖くも無いけれど、何とも不思議ではある。
自分が子どものために描きながら渡しそびれ、そのまま放置されていた絵。それが何故か全く見ず知らずの家のPC画面の背景として存在している。
しかもまだ小さい子どもが突然、サインまで含めて描き上げたものだ、という。
そのこと自体全く説明が付かないし、その画面を書いた本人が目にする、という確率など、とても偶然では片付けられない奇跡のようなものだ。
相手の家族が、元々絵を描いてあげた子供たちと一致する、という可能性は無さそうだけれど、全く関係がないかどうかは、ここだけの情報では断定できない。
勿論だからと言ってこの事件が説明できるわけではないにしろ、何かの手がかりにはなるかもしれない。
本当に何が起きてしまったのだろうか。
「おじいちゃん」偶然と必然の間のような話、家族に起こったちょっと良い話、で終わるかと思いきや、最後に見事落としてくれた。流石関西人。
おばあさんのところに、一体誰が来てしまったんだろう。
「彼女の声」何度も繰り返し観ていたビデオ、それが突然無音になり、怪しいことを語っている、らしい。
語り手はきちんと故障では無いことを確認しているので、何かおかしなことが起きているのは間違いないようだ。
突然の自殺には、何か別の力が働いているのではないか、これまでもたまに語られることはあったように思うけれど、その可能性を感じさせる事例である。
ただ、その前提となる妹による読唇術、読んだ際に疑問を感じたし、ざっと調べたところでも、そう精度が高いものではないようだ。基本唇の動きは特別な子音を除き、母音だけを表していることが多いから、当然だろう。
だとすると、これも妹がそう思い込んだだけ、という推測も成り立つ。
その後もいろいろと事故が起きて、というけれど、その程度のことなら、誰にでもありそうだ。自分でももっと思い当たる節はある。
これらも皆何かの祟りということなのだろうか。
「心霊番組」よく都市伝説的に、本当に心霊現象が映った映像がテレビで流されることはない、と言われているけれど、この話が本当なら、やはりそれは事実だ、ということになる。
しかも、何人もの人間が映像を確認しているので、その信憑性も高い。
そのビルも、コンビニが全て一か月で退店するなど普通ではない。
そうなると不思議なのは、ガールズバーだけが何故無事なのか、だ。
間取りが違う、というだけでそれを回避できるものなのか。
「やけど」これは怪談というには弱い。亡くなった女性が夢に出てきた、というだけの話だからだ。スタッフ皆のところに現れた、とは言っても、これだけ衝撃的な出来事、共通して見てしまう、ということも有り得ないものではない。
ただ、怪談とは関係なく、その程度はあえてぼかされてはいるものの、やはり若い女性がその体と顔に重篤なやけどを負ってしまったら、退院直後に自殺してしまうこともあるのだ、という事実が何とも哀しい。そこが印象に残った。
「コロナ感染」この本の中で、一番妙な話。
まずは家の中で人影を見掛ける。これはコロナによる発熱で見た幻、という可能性も有り得る。
しかし、その後二度にわたって医療関係者に電話が入る。道案内までしてくれたそうだ。
声は若い女性で、番号は体験者の携帯から。しかも履歴すら無い。鍵も開けてくれたらしい。
結局日付が一日飛んでいる、というのも不思議。
ドクターが日にちを間違えた、だけなのかもしれないけれど。ただ、だとするとそれはそれで時間的におかしなことにはなりそうだ。
何も語られていないけれど、その女性に何か心当たりは無いのだろうか。
「助けてくれた男」山では絶対に向かってはいけない、と言われる急流の沢へと怪我人を連れていってしまう謎の男。
まあ仲間を求めている、と考えるのが妥当なところだろう。
ただ、羽根田氏の遭難レポートを読んだ限りでは、迷った人は結構沢に迷い込んでしまうことが多いようだ。しかも、この話にもあるように、沢に入り込んでしまうともう行き詰まってしまったり事故を起こしてしまったりして、命を落とすケースも多いらしい。
さらに言えば、別の場所で亡くなっても流れ着いてくる場所、というのもあるだろう。
なので、特に霊の仕業としなくても沢の特定の場所に死体が集まる、というのは自然なことかも。
どちらかと言うと、遭難ネタに気を惹かれてしまった話。
「高野山の茶店」好みの異世界(かもしれない)もの。
しかし、全体にあまり新味は無い。入った店が何だか古めかしい、というのも王道。
ここで敢えて取り上げたのは、この手の話で毎度気になっている点があったから。
この話でも、お代を払いながら話を聞いて、とある。
もし本当に時代がずれて繋がってしまっているのだとしたら、現在の紙幣や硬貨を見て変だ、とは思われないのだろうか。
それとも、過去に入り込んでしまっているのでは無く、やはりこの世とは違う場所、ということなのか。
「吉野の古家」玄関とキッチンの窓をアルミサッシにしようとすると災難に遭ってしまう。それ以外の場所は全く問題ないようなのに。
そのこだわりが何だか滑稽ですらある。当事者は堪らないだろうけど。
そこが霊道もしくは神の道だったとして、サッシにするのが何故いけないのだろうか。
どういうわけか、後半は完全に山怪談になってしまう。
元々山の話も好きだし、安曇潤平氏の怪談が大好きな性分、悪いことではないのだけれど。
この著者の怪談は、元々「山の怪談」以外それ程強烈なものはほとんど無い。
この本でもそれは変わらず、印象に残った作品もどちらかと言うと怪異ではない要素が気になっていたりする。
それでも、手練れな分、それなりに読ませてしまうのも確か。
まずは楽しめた、というところか。
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中山 市朗 KADOKAWA 2022年08月24日